INTERVIEW

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味の源流を求め、地球の裏側へ。
一杯のコーヒーに隠された「本物の味」の源流。焙煎士・栢沼さんが命懸けで辿り着いた「本当の答え」をたどる

高校生の頃、祖父の一言でコーヒーの世界に目覚めた栢沼さん。その探求心は「抽出方法」から「焙煎」、そして最終的に「生豆」が育つ「産地」へと、地球規模の旅路を生み出した。中米に特化し、命の危険さえ乗り越えて築き上げたコーヒー哲学。一杯のコーヒーに込められた、壮絶なストーリーと揺るぎない専門性に迫る、魂の探求の軌跡。

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    高校時代に起こった「味覚の革命」と、くすぶる探求心

    秋田:栢沼さんの人生を決定づけた、コーヒーとの出会い。その原点をお聞かせください。

    栢沼:きっかけは、高校生の時、祖父が買ってくれたミル付きの一体型コーヒーメーカーでした。それまではインスタントコーヒーしか知りませんでしたが、祖父の「どうせ飲むなら、本物を飲め」という一言で、豆から挽いたレギュラーコーヒーを初めて飲んだんです。その時の衝撃は、今でも鮮明です。香りも、口に広がる複雑さも、全てがまるで違った。「本当のコーヒーは、こんなにも美味しいのか」と、私の味覚に革命が起こった瞬間でした。

    その驚きから、強烈な探求心が芽生えたんです。専門店に行けば、豆の違いがわかるだろうと色々な種類を試しましたが、何を買っても、自分には味の違いがよく分からない。「一体、このコーヒー、いろんな種類があるのに、どうしてこんな違いが自分は分からないんだろう。本当にその違いがあるのかどうか、調べたいな」と、その謎を解明したいという衝動に駆られました。

    今思えば、当時通っていた高校は、中学からの友達が誰もいない場所でした。自由で暇を持て余していた時期に、この「コーヒーの謎」が目の前にあった。本を読み漁るうち、「この奥深い謎を解き明かすには、いっそ職業としてやるしかないんじゃないか」と。コーヒーは、当時の私にとって、全てをかけてのめり込める、唯一の対象となったんです。

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    ヨーロッパ、焙煎の壁を越え、最終的な「生豆」の真実へ

    秋田:高校時代のその探求心が、どうなっていかれたのですか?

    栢沼:就職活動の時期に、改めて「そういえばコーヒーが好きだったな」と思い出し、大学卒業後は就職せずにヨーロッパへ行きました。当時は、味の違いは「抽出の方法」や「豆の種類」で決まると思い込んでいましたから、「カフェ文化」の本場を見れば答えがあると考えていたんです。半年間、十数ヵ国をカフェ巡りのために回りましたが、期待していたほどの感動は得られなかった。「味の違いは淹れ方だけではないらしい」と気がつきました。

    答えはさらに上流にあると、次は「焙煎だ」と確信しました。日本に戻って堀口珈琲さんで焙煎の仕事に就きました。プロとして毎日豆と向き合い焙煎を続ける。その経験の中で、どんなに最高の技術を尽くしても、豆そのものが持つポテンシャル以上のものは引き出せないという事実に直面したんです。つまり、「味の最大の要因は、焙煎でもない」と。それは、全てが「生の豆の時点」で決まっているという確信でした。そうなると、もう現場を見るしかない。この確信が、私を中米へと突き動かしました。

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    真実の多様性と、試練を乗り越えた「探求の執念」

    秋田:味の源流である産地、中米への旅は、まさに命懸けだったと伺っています。

    栢沼:堀口珈琲時代からグアテマラのコーヒーが好きでしたから、会社を辞めてまずグアテマラへ直行しました。しかし、現地に着いて、私の「グアテマラコーヒー像」は崩壊したんです。私が日本で好きだと思っていた味は、実際にはグアテマラ国内の、無数にある素晴らしい個性の一つに過ぎなかった。この気づきが、逆に「もっと深くこの多様性を知りたい」という、より強い探求心に火をつけました。

    しかし、現地では様々な試練に遭いました。特に最初に行った時には、まさに命の危険を感じるほどの困難に直面し、資料も全て失いました。その時は、もう日本に帰ろうと思いました。ただ、航空券はグアテマラから入って、パナマから日本に帰るというルートだったんです。強盗に遭ったのはパナマまでの途中の国でしたから、何としてもパナマまで行かなければ帰れない状況でした。大使館の方にお金を借りて、なんとかパナマまで辿り着き、帰国しました。

    ただ、困難に遭って全てを失った時、残ったのは「突き止めなければいけない」という執念にも似た探求心だけでした。資料がないなら、もう一度自分の目で確かめるしかない。その思いで、再び中米へ戻り、二度目の渡航ではエルサルバドルのコーヒー学校に通いながら、三年ほど中米の国々を回りました。そこで、ついに決定的な答えに辿り着いたんです。「豆の品質は、畑の土壌、品種、栽培方法、そして摘み取ってからの精製方法。この大元のところが、農園の中で決まっている」と。この真実を知った時、私の命懸けの旅は間違っていなかったと確信しました。

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    あえて間口を絞り、「世界で一番面白く奥深い産地」を極める

    秋田:その壮絶な探求を経て創業された「カフェテナンゴ」が、「中米五ヶ国」に特化されています。この異例の哲学の根幹をお聞かせください。

    栢沼:世界中のコーヒーを店が多い中で、私がこの地域絞ったのは、中米に行って、グアテマラコーヒーの多様性に魅了されたからです。品種も多く、精製方法のバリエーションも豊富で、実は世界で一番面白く、奥深い産地だと確信しています。他の産地を扱うために間口を広げれば、毎年現地に行き、農園主と深い絆を築くことが難しくなり、探求が薄くなってしまう。

    中米に絞って毎年足を運び、徹底的に極め続けることで、「中米のコーヒーならカフェテナンゴだ」という地位を築けると信じています。もちろん、売上面で葛藤がないわけではありません。「お前そんなことやってるから売れねえんだよ」と言われたことがありますし(笑)、日本人にとって馴染み深い産地のコーヒーの方が売りやすいのは事実です。17年やってきて、売り上げの規模を考えると、「間口を絞りすぎたことが失敗だったのかもしれない」と今でも葛藤はあります。しかし、もし絞らなかったら、他のコーヒー店に埋もれて、この「専門性」という武器を持つことなく、17年間生き残ることはできなかったでしょう。絞ったからこそ、この地位を築き、毎年足を運び、徹底的に極め続けることができたと思っています。

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    最高の「個性」を伝える責務と、物語を知って飲む一杯の価値

    秋田:産地で「味の個性」の源流を見極めた栢沼さんが、焙煎士として今、お店で最も大事にされていることは何でしょうか。また、一杯に込める理想の追求の先に、栢沼さんが目指す「次の領域」があるとすれば、それは何でしょうか。

    栢沼:農園が持っている「個性」、その生命力を、いかにそのままお客様のカップに伝えるか。これに尽きます。私たちは、その素材の個性が最大限に伝わるように焙煎し、抽出して提供することに全神経を注いでいます。

    例えば、今日飲んでいただいているグアテマラの「エルインヘルト農園」は、山の斜面から湧き出る綺麗な水が豊富に使える環境や、岩が熱を溜め込むことでコーヒーの実がしっかり熟すという、自然の偶然の産物のような環境があります。なぜこの豆が特別なのかという理由を、全て自分の目で確かめている。だからこそ、自信を持って、そして説得力を持ってお客さんに説明ができる。この知識がないと、それは単なる「美味しいコーヒー」で終わってしまう。

    その「あと一歩」は、「この一杯のカップまでのストーリーが伝えきれていない」という課題です。農園で生まれ、生産者の思いが込められたこの豆が、どのような経緯でうちに来て、どう焙煎され、カップに至ったのか。例えば、エルサルバドルの「シャングリラ農園」の豆は、私がコーヒー学校で一緒に学んだクラスメイトが作った豆です。彼との出会いから、この豆がうちに来るまでの背景を、お客様に理解して飲んでもらえたら、この一杯は100点の価値を持つことになる。単なる嗜好品ではなく、その後ろにある物語、農園主の思い、そして私たちがそれをどう伝えているか、全てを知って楽しむ。「物語を知って飲む一杯は、意味が全く違う」。そういうコーヒーの飲み方ができる店があることを分かってもらいたい。

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    探求の最終地点:「自分自身でコーヒー生産をやってみたい」

    秋田:最後に、栢沼さんの今後の夢、探求の旅の最終地点についてお聞かせください。

    栢沼:私の探求の最終地点は、自分の手でコーヒーをつくり日本で販売することです。

    中米のコーヒー生産の歴史は、スペインからの独立後に国策として推進されてきたおよそ200年の歩みであり、世界全体の長いコーヒー史と比べれば浅いとも言えます。 しかし、蓄積された経験と、地域に根づいた文化は驚くほど豊かで洗練されています。一方で、近年は経済的事情から打ち捨てられた農園も少なくありません。そういった畑を引き継ぎ、再生から始めるチャンスがあるのも事実です。 私はいつか、そのチャンスを現実に変えたい。自分が最高のコーヒーをこの手で作り、提供できたとき、命懸けで続けてきた探求の旅は、ひとつの完成を見るのかもしれません。

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店舗情報

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店舗名:中米産スペシャルティコーヒー専門店 カフェテナンゴ

住所:〒158-0081 東京都世田谷区深沢5-8-5NEビル102

電話番号:03-5758-5015

営業時間:8:00~19:00

定休日:水曜日

水曜が土日祝日の場合は営業。(お盆・年末年始を除く)

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あとがき 私は栢沼さんに、コーヒーの本当の美味しさと、その探求の楽しさを教えていただきました。単なる飲み物ではなく、「物語を知って味わう一杯」の価値。命懸けで辿り着いた中米の土壌と生産者の絆が、その味の奥深さを生み出しているという哲学に、深く感銘を受けました。
今では私も、日々コーヒーを楽しんでいます。朝に味わうコーヒーの香りは、私のクリエイティブな時間を支えてくれています。この記事を読んで、栢沼さんの情熱に触れたあなたにも、ぜひカフェテナンゴのコーヒーを味わってみてはいかがでしょうか。一杯のカップの向こうに、壮大な旅路と生産者の思いが広がっているはずです。


筆者:秋田 信明 Nobuaki Akita 株式会社Wakku

SI業界での3年間、料理人としての5年間、そしてWeb業界での20年の経験を経て、2025年に株式会社Wakkuを創業。確定的な成果に固執せず、常に改善(KAIZEN)を重ねる。
本システムの設計・開発を担当。クライアントごとの状況に応じた最適な戦略の提案と実行、Webサイト成功のための要素の本質を理解、目標達成への貢献をし続ける。

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